新しいベルナベウは、もうスタジアムではなかった
屋根が閉まり、360度のスクリーンが光る。モウリーニョが戻ってきたレアル・マドリードが、マラガを4-0で下した日曜の午後。74,799人の中で考えたこと。
- スタジアム
- エスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウ(マドリード、スペイン)
- 観客数
- 74,799人
- 熱狂度
- ★★★☆☆
ポルティマンの翌日、ベルナベウ
前日の土曜は、ポルティマンで観客1,883人の2部リーグ。翌日の日曜は、マドリードで観客74,799人のレアル・マドリード。
この落差を1日で味わえるのが、イベリア半島に住む面白さだ。オリャオンからマドリードまでは、ファロ空港から飛行機で1時間半ほど。朝出て、昼にはマドリードにいる。
この日は前日のポルティマンから一度オリャオンに戻り、翌朝ファロ空港からマドリードへ飛んだ。1泊してバレンシアへ移動する行程だった。
チケットは5日前の8月25日に、レアル・マドリード公式の「MATCHDAY Premium」というホスピタリティ付きの枠で買った。425ユーロに手数料8ユーロで433ユーロ。東サイド3階の6136ブロック、10列23番。ゲートは55番。試合1時間半前から「ベルナベウ・マーケット」というラウンジで飲食ができて、試合後にも30分再開する。前日のポルティマンが6.23ユーロ。翌日のこれが433ユーロ。70倍の差を、同じ財布で、24時間のうちに払う。この落差そのものが、この旅の面白さだと思っている。
ちなみに、レアルのチケットは「スクリーンショット不可、PDF不可、印刷不可」で、スマホのウォレットに入れたものしか通らない。これはベルナベウが「スタジアム」ではなく「劇場」になった証拠だと思う。
1947年から続く「伝説の競技場」の、最新形
サンティアゴ・ベルナベウは1947年12月14日に開場した。1955年に会員の投票で、当時の会長の名前がつけられた。1982年のワールドカップに向けた改修、1990年代の3層目の増築と四隅の塔、2000年代の周辺整備。そして2019年から2024年にかけての、総額約17.6億ユーロといわれる大改修。
いまのベルナベウは、僕がテレビで見て育ったベルナベウとは、もう別の建物だ。
まず外観。パセオ・デ・ラ・カステリャーナ側の正面は、金属のパネルで覆われた巨大な塊になっている。夜になると光る。近寄ると、それが波打つように曲面を描いているのが分かる。
そして屋根。固定の屋根が28,000平方メートル、可動式の屋根が8,000平方メートル。15〜20分で開閉でき、閉じればスタンド全体が覆われる。クラブは2025年12月の時点で「可動式屋根は完全に稼働している」と発表している。
360度のビデオボード。ヨーロッパのスタジアムでは初めてのタイプで、2023-24シーズンにお披露目された。スタンドの上部をぐるりと一周する帯状のスクリーンが、ゴールのたびに一斉に光る。
ピッチは6分割されて地下の温室に収納される仕組み。これはコンサートなどのイベント時に芝を守るためのもので、クラブは「システムは稼働中」としている。
【写真:カステリャーナ側の外観/スタンドから見た360度ボード】
試合:30分で決まった
相手はマラガ。昇格組で、ベルナベウでは分が悪い。
19分、ベリンガムが先制。26分、マラガのA・エレーロのオウンゴール。30分、トレントのアシストからエムバペ。この時点で3-0。試合は事実上、前半の30分で終わった。
後半は淡々と進み、86分にはマラガにPKが宣告されたが、VARの助言で主審のマルティネス・ムニュエラがモニターを確認し、取り消し。アディショナルタイムの91分、ヴィニシウスのアシストからアルダ・ギュレルが4点目を決めて終了。
レアル・マドリードは開幕3連勝。監督は今季から戻ってきたジョゼ・モウリーニョ。クラブの試合報告によれば、エムバペはこれが今季4点目だという。
6136ブロックは、東サイドの3階。ピッチ全体が俯瞰できて、屋根の内側の巨大な360度スクリーンが目の高さにある。座席の幅も広く、日本の新しい劇場の2階席に近い感覚だった。
周りの客層は、明らかに「ホスピタリティ枠」の人たちだった。アメリカ人の家族、中東からの若いグループ、僕と同じアジア人の観光客。試合前のラウンジでは、英語が一番多く聞こえた。誰もクラブの歌を歌わない。ゴールが入ると立って拍手はするけれど、叫ばない。
一言で言うと、ディズニーランドだった。世界中から人が来て、写真を撮って、決められた時間にショーが始まって、決められた時間に終わる。列に並ぶ順番も、飲み物を買う場所も、全部がきれいに設計されている。悪い意味ではない。世界で一番よくできたサッカーのテーマパークだと思う。ただ、「熱さ」はそこにはない。
一方で、ピッチの上は別だった。エムバペ、ヴィニシウス、ベリンガム。選手のプレーは、正直「ウイイレ」だった。ゲームの中でしか見たことのないスピードとタッチが、実物で目の前にある。3階席から見ていると、ボールが速すぎて、パスが出た瞬間には次の選手の足元にある。スタンドは静かでも、ピッチは最高峰だった。この「スタンドの温度」と「ピッチの温度」のズレが、いまのベルナベウの正体だと思う。
「熱狂」とは少し違うもの
正直に書く。この日のベルナベウは、僕が想像していた「熱狂」とは違った。
74,799人が入っていた。数字としては巨大だ。でも、3-0になった30分以降、スタジアムは静かだった。拍手はある。ゴールで歓声も上がる。ただ、それは「観劇」に近い。素晴らしい舞台を、快適な席から眺めている感覚。
これは批判ではない。むしろ、ベルナベウはそういう場所として完成されたのだと思う。屋根があり、空調のようなものがあり、巨大なスクリーンがあり、座席はゆったりしている。世界中から観光客が来て、写真を撮り、「ハラ・マドリー・イ・ナダ・マス」を聴いて帰る。
ゴール裏の下段には「グラーダ・ファンス(Grada Fans RMCF)」という応援席がある。2014年に生まれた組織で、4つのセクター、約1,800人。暴力と政治を持ち込まない、という方針を掲げている。彼らは90分間、歌い続けていた。ただ、8万人のスタジアムで1,800人の声は、遠くから聞こえる音楽のようだった。
「熱狂を観に行く」という目的なら、ベルナベウは一番の選択ではないかもしれない。「世界一のスタジアムを体験しに行く」なら、ここしかない。
経済自由人としての感想
このスタジアムは、コンサート会場でもある。2024年には騒音問題で近隣住民との対立が起き、コンサートが延期された。2026年5月にはマドリード高等裁判所がクラブ側の刑事責任を退け、6月にクラブが「最高裁はコンサートの合法性について何の決定も下していない」という声明を出している。近隣住民団体との係争は続いている。
僕が面白いと思うのは、レアル・マドリードが「サッカークラブ」から「エンターテインメント企業」に変わろうとしている、その途中を目撃していることだ。17.6億ユーロの投資を、サッカーの入場料だけで回収するのは不可能だろう。だからNFL(2025年11月に開催)もコンサートも必要になる。
自由に生きるためには、お金の流れを理解しておくことが大事だと僕は思っている。ベルナベウは、その教材としても最高だった。
マドリードの夏の終わり
マドリードは標高約660メートル。ヨーロッパの首都では、アンドラ・ラ・ベリャに次いで2番目に高い。8月末の日中は32〜34度。ただし乾いている。日陰に入れば楽になる。
試合のあとは、プラサ・マヨールへ。ここの名物は「ボカディージョ・デ・カラマレス」。イカのフライをバゲットに挟んだだけのサンドイッチで、この広場周辺で特に人気がある。
この日は、試合後にラウンジに戻って30分だけビールを飲み、メトロでソルまで出て、プラサ・マヨールの「ラ・カンパナ」でボカディージョ・デ・カラマレスを買った。4ユーロ台。イカのフライを挟んだだけのパンを、広場の石畳に座って食べる。ベルナベウの433ユーロと、このパンの4ユーロが、同じマドリードの同じ夜にある。
旅のメモ
- アクセス:メトロ10号線「サンティアゴ・ベルナベウ」駅が目の前。1982年、ワールドカップ直前に開業した駅。ヌエボス・ミニステリオス駅(6・8・10号線、セルカニアス)からも歩ける。
- 交通規制:試合前はコンチャ・エスピナ通り、パドレ・ダミアン通りなど周辺が封鎖される。市は公共交通の利用を推奨。
- ツアー:ツアー・ベルナベウはオンラインで37ユーロから(窓口40ユーロ)。博物館、パノラマビュー、ロッカールーム、ベンチを見学できる。入口はコンチャ・エスピナ通りの84番ゲート。
- チケット:公式サイトの「Entradas」から。一般販売の価格帯は試合ごとに異なる。僕が買った MATCHDAY Premium(ラウンジ付き、東サイド3階)は425ユーロ+手数料8ユーロ。一般席はもっと安い枠もあるが、開幕直後の週末は売り切れが早い。